浏览本页面需要启用JavaScript。
首页  >  可米访谈室 日语版  >  正文
ブレインのマジシャン 深沢豊さんインタビュー
2013-08-30 16:23:57    作者:COMIDAY

当ページに掲載されるすべての情報(テキスト、画像等すべての著作物)は、(c)N
ippon Ichi Software, Inc./TEXT./Yutaka Fukazawa (LANGuex)/Nekopuri
n Worksが著作権を保有しています。無断で複写・複製・転載・配布など、一切お断りします。



Yutaka Fukazawa 深沢豊(@flagyx)
ゲームの企画制作シナリオ、プログラムをしています。
モノガタ情報技術 http://monogata.jp/ ではiPhone向けのゲームを提供中。
PSP向けにはセカンドノベル http://www.secondnovel.jp/ を制作しました。


☆深沢先生の作品を触れて、まず気づいたのは「素材が少ない」という点ですね。素材が少ないけど、決してそのまま「小説」になったわけではなく、ちゃんと作品を「ゲーム」として成立しています。すごかったと思います。これについて少しお話してくださいませんか?
ありがとうございます。それは、僕がゲームを一人でつくることが多い事に理由があると思います。自分一人でゲームを作る場合、限られた時間の中でプログラムはもちろん、画像や音楽なども準備しなければなりません。そのため、必然的に「少ない素材からいかにして色々な要素を引き出すか」というテクニックが身についたのだと思います。ある意味、貧乏性的な手癖ですね。



☆一目見たら質素かもしれませんけど、グラフィックの光や色の調整とかは丁寧にやっていました。ちょっと気になりましたけど、「忘れものと落とし物」の真っ黒なBGにかけたハレーション効果とか、「セカンドラブ」に出た「クロックタワー」みたいにBG色が感情(状態)によって変わっていく「華月光」の画像とか、そういう実験色が強いところを作ったのは、単純に限られた素材でピッタリする雰囲気を作りたいのですか?それとも別の意味がありますか?
場面に対する“視覚上、イメージの演出”という意味では、アニメや映画などで印象的に残ったシーンを取り入れることもあります。ただし、僕の場合はシナリオを書いている段階から頭の中で明確な演出イメージを描いている事はそれほど多くありません。シナリオを執筆し終え、スクリプトから試しプレイをしていく段階で「この場面に対してはもう少し視覚上の効果がほしいな」と、画像の加工演出などを加えていく場合が多いですね。そういう意味では、「その場面に対して自分がしっくりきたものを当てはめている」という感じです。


☆細かい部分の演出にもこだわりがあるようで、文字速度の調整とか、色を付けたとか、それとしばらく待ったら文章の後に付けた「プレイボタン」は「カフェカップ」に変えるのは、面白いですね。
文字関連の細かい調整については、自分でスクリプトも書いていることが大きいと思います。一般にシナリオライターとスクリプターとで作業を分担している場合、細かい表示上のニュアンスを“他人”に伝えるのはなかなか難しいものですので。ただし、調子に乗って文字の速度や色を変えすぎたりすると、プレイしていて不快な感じになってしまいますので、なかなか難しいところではあるのですが。



☆バックログがないのは、演出の一部ですか?バックログがないけれど、最後にプレイヤーにすべてを思い出させたバターンはあなたの作品の定番ですね。それともしかして、このバターンから「セカンドノベル」のカードシステムを生じ出したのでしょうか?
バックログについて、初期のゲームについては意図してつけていなかった部分もありますが、「忘れもの」では自由にテキストをクリップボードにコピーできたり、「セカンドノベル」については簡易的なログ読み返しなどがついていたりと(操作がわかりにくいのですが)、その時々やプラットフォームによって微妙に違う感じで取り組んでいます。セカンドノベルのあらすじシステムやカード提出については、携帯ゲーム機の特徴「プレイヤーはいつでもゲームを中断できるので、前回どこまでプレイしたのか伝えられやすいようにする」事を意識して考えました。


☆深沢先生の作品は、時々レトロ感が出ますね。指令入力とか繰り返して移動先を選択するとか、あの時のゲームは印象的なんですか?そのためにNbookを開発したのでしょうか?
キーボード入力やコマンド移動については、やはり幼い頃プレイしたゲームの影響が大きいです。特にキーボード入力については自分がPC用のアドベンチャーゲームシステムを制作し始めた当初から必ず取り入れているギミックで、初期の段階、Nbookよりさらに前のモノから組み入れていたかと思います。PC媒体でアドベンチャーゲームを制作する場合、おそらくこれからもこの要素は実装していくと思います。


☆深沢先生がダライアス外伝の大ファンのようですが、このゲームはあなたに何か影響を与えたのでしょうか?「忘れものと落とし物」は、ある意味オマージュゲームなのでしょうか?
ダライアス外伝は、ゲームとしてのおもしろさやグラフィックの美しさ、そして心に残る音楽など、それ単体としてみても非常にすぐれた作品でありますが、もう一つ隠された形でUniqueなメッセージが含まれている作品でもあります。それは「ユング心理学の元型モデル」です。サントラCD内のライナーノーツ、音楽を担当したOGR氏より解説されています。こうしたメッセージ・物語性を内包することで、ダライアス外伝は「普通のシューティングゲームらしくない」、でも、とても「タイトーのシューティングゲームらしい」、Uniqueな作品であると言えます。当時心理学について勉強していた自分も、「ゲームセンタ-」でこのゲームに触れ大きな影響を受けました。「忘れものと落とし物」はストーリーラインにユング心理学の元型モデルを取り入れていますが、これはつまり、「忘れものと落とし物」と「ダライアス外伝」の関係は、ある種の二次創作的なつながりを持っているとも表現できるでしょう。自分の作品を持って例にすれば、“セカンドノベル的”な関係に非常に近いのかもしれません。


☆深沢先生が、つねにプレイヤーの存在を意識してゲームを作ってますね。1997年の当時、打越さんと中澤さんはまだ無名だった時、このようなセンスを持っていたのは、なかなか先進的ではないかと思っております。
ありがとうございます。ただ、自分のゲームの前には偉大な先輩方の作品、エルフの蛭田氏や剣乃ゆきひろ(菅野ひろゆき)氏の制作されたゲームがあり、それら先輩方の作成された作品には都度衝撃や影響を受けてきました。これらの作品なくては自分のゲームが生まれることはなかったと思います。


☆「マインクラフト」などのゲームが出た以上、「プレイやーこそ最高の制作者」と声を上げた人が多くなりました。この観点について、あなたはどう思いますか?
究極的に言えばそうなると思います。ちなみにマインクラフトと言えば僕もNotch氏のファンで、アルファ版の時に購入しました。0x10cも楽しみに待っている状態です。


☆深沢先生が作ったゲームが、結末にて何かの手段によって「本編の内容は物語の登場人物が書き上げた物語であり」を示唆したことが多い。このようにメタ要素を持ち込むのは、どうしてですか?
プレイヤーとゲームとの距離感について、何かしら考えている結果が出ているのかもしれません。


☆深沢先生の作品をやっていると、なんか夢と記憶と人格とか、人の精神についてお話がめちゃ多いんで、心理学の要素もかなり入っていましたね。こういうお話、お好きですか?
先のダライアス外伝のご質問の時に少し触れましたが、心理学について調べていた時があり、その影響は大いに入っていると思います。また、日本ではユング心理学に詳しい「河合隼雄」氏が精力的に活動していたため、その著作が入手しやすかったというのも大きいかもしれません。


☆その中に、実は深沢先生の価値観みたいなものも入ったのですか?それと、プレイヤーに伝えたいことがありますか?
自分の作品の中に価値観や伝えたいことは必然的に入っているかと思います。逆に言うと、僕にとっては「自分の伝えたい事」は自分の制作したゲームの中に存在する事がすべてであり、そのほかのメディアを通じて伝えたいメッセージというのはなかったりします。


☆中国では、深沢先生のこういう「謎解きの流れ」は「反則」だと思っている人がいますが・・・w
はい、僕もそう思いますw


☆深沢先生のすべての作品がそれぞれ違うところがあったけど、「同じ線の上にある」作品ではないかと思っていました。その全作品に貫くコンセプトは、何でしょうか?
一応、自分の胸の中では「こうではないかな」と思っていることはあるのですが、それはまだ秘密です。


※以下の質問にネタバレが含められています

☆「忘れものと落とし物」の最後の日常は、「明日香さんは僕の中にいる」を示唆したのでしょうか?
さて、どうでしょうか。プレイした方の感想におまかせしたいと思います。


☆幻の名作「lu / rarara / lu」と「チュートリアルゲーム」について、ちょっとお話していただけませんか?
チュートリアルゲームについてはそのまま、自分が制作したADVエンジンに慣れる・慣れてもらうというところから出発したゲームです。短くまとまっているので、自分の中ではお気に入りの作品の一つです。lu / rarara / luについては当時、自分の力が及ばず、制作が完結できなかった残念な思いがあります。ただし、ゲーム内に含めようとしていたメッセージや思いなどは、後の作品に取り込まれました。今考えると、これはこれで必要なステップだったのかなとも感じています。



☆「セカンドラブ」は人が死ぬ寸前見た光景ですね。「あれは夢オチと同じく説得力が足りない」という意見を持っている人がいますが、あなたはどう思いますか?
その意見ももちろん、間違いではありません。


☆「書淫」の攻略難易度の高さは、噂通りですね。ストーリーが面白くて友人からのヒントのおかげで最終はなんとか真実に辿り着いたんだけど、ゲーム全体の構造が複雑なので、作業プレイに陥った時もありました。それは「難易度」と「面白さ」の間にバランスをうまく取れなかったのでしょうか?
さあて、どうでしょう。同じ質問を制作当時の自分にしてみたいですね。一般にゲームの難易度というのは制作時期によって異なるものです。特にアドベンチャーゲームの難易度は、年代が経つにつれ、優しい方向に向かっていると感じています。ただやはり書淫は難しすぎでしたね。似たご意見は多くいただきました。


☆グロシーンはないけど、深紗ちゃんは最後、食べられたのでしょうか?
プレイした方の認識にお任せします、という感じです。


☆「トゥルーカラー」開発中止となった経緯をちょっと教えていただけませんか?
細かい事情は色々ありますが、一番大きな理由は、ゲーム制作を行うまとまった時間がとれなかったという事になるかと思います。


☆「セカンドノベル」という作品は、深沢先生の集大成って感じですね。今振り返ると、何か感触はありませんか?
これはまさしくそのような作品になったと自負していますし、また、制作中も集大成にするべく取り掛かっていました。


☆開発途中に何か面白いことがありましたか?
True Color, からセカンドノベルに至った流れは今振り返っても不思議な偶然や巡り合わせの連続というもので、実際、True Color,のアイデアを考えていたときはまさか自分のゲームがコンシューマー機から発売されることになるとは夢にも思いませんでした。というわけで、セカンドノベルという作品が発売されたこと自体、とてもおもしろい、興味深い体験でした。



☆「セカンドノベル」の選択肢システムが、センスがなかなか良いと思います。新たなストーリーを始めるには過去を消し去る勇気が必要です。あなたはどうやってこのようなシステムを考えたのでしょうか?
ありがとうございます。選択肢システムについては、ひたすら頭の中で、「ああでもないこうでもない」と言いながらずっと考えていたような気がします。自分はなにかモノを考えるときは散歩をしながら考える事が多いのですが、当時は散歩も長距離になりがちだったはずです。


☆深沢先生の作品が描くのは「自分の世界」の方が多いので、外部社会からの影響はほとんどないですが、どうして「セカンドノベル」の最後にそのような要素が加えられたのでしょうか?薬の関係者とか家族とか…
すみません、物語の概念につきましては、僕の方からなにか付け加える「回答・解答」的なモノはありません。これはセカンドノベルや書淫に限らず、僕が自分の制作したゲームについて取っているそれなりに一貫したスタイル的なものです。


☆あんまり重要ではないけど、妙に不条理なところが気づきました。彩野の記憶は15分保っていられるのはずだったが、12時から12時14分59秒までの記憶が12時15分になるとすべてリフレッシュしちゃった…
この症例については、覚えていられるのは「一つの出来事」単位の記憶維持時間と言えるモノなので、端から順番に記憶を忘れていくわけではないのです。ただし、厳密にいうと「15分」という時間自体、現実に海馬に損傷を負った方の症例を元にすると、かなり長い時間で“ゲーム的な嘘”であります。実際には記憶を保っていられるのは短ければ10数秒、だいたい2分とか3分、長くても10分程度が限界ではないかと思います。


☆中国のファンの間に雪乃の人気はすごく高いと思います。あなたはどんな思いを込めてこのキャラを創り出したのでしょうか?
ありがとうございます。雪乃はとても大切な人物です。


☆第三者視点から自分が作った「セカンドノベル」を見ると、一番魅力的なところがどこにあると思いますか?ぜひ教えてください。
セカンドノベルについては、おかげさまでゲームのオープニングムービーについて好評をいただく事がかなり多いです。あのムービーのような、ちょっとミステリアスで不思議な感じが作品の魅力の一つではないかな、と考えています。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


☆聞く話によると、深沢先生もともとはすごいゲーマーでありますが、そうですか?
ゲーマーと言えるほど上手くはまったくないのですが、ゲームをプレイするのは大好きです。この前もSteamのセールでインディーゲームをたくさん購入しました。去年プレイしたものだとDear Estherはよかったですね(厳密に言うとゲームではないかもしれないのですが)。


☆こどもの頃はどのゲームにハマったのでしょうか?
ファミコン少年でしたので、ドラゴンクエスト(初代)などは相当やり込んだ記憶があります。アドベンチャーゲームだと「ポートピア連続殺人事件」ですね。セーブもパスワードもなかったので、一晩ずっと電源を入れっぱなしでクリアしました。


☆美少女ゲームと出会ったのは、いつのことですか?
「CAL2」というゲームが好きだったのですが、これが出たのは1991年なのでそれぐらいの時だと思います。パソコンの「PC-98」を親に買ってもらい、ソフトはアルバイトしたお金で購入していました。美少女ゲームについて一番衝撃的だったのはエルフの「同級生」です。これがなければ2nd LOVE や書淫も存在していなかったと思います。


☆ゲームクリエイターになりたいのは、いつからのことでしょうか?
小学校の時の卒業文集に、将来の夢として「ソフトハウスで働きたい」と書くぐらいの憧れを持っていました。当時は遊ぶ方専門でしたが……。


☆目標とする人物、いますか?
故人となってしまいましたが、「DESIRE」や「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」を制作された剣乃ゆきひろ氏はある種の目標・到達点的として強いあこがれを持っていました。ある意味ではもうたどり着けないほどずっと先に行ってしまわれたため、これから先も背中を追い続けることになるのかと思います。シナリオライターといいますか、ストーリーテラーとして影響を受けているのは「村上春樹」です。書淫は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、セカンドノベルは『ダンス・ダンス・ダンス』、『ノルウェイの森』のモチーフも取り入れています。


☆最初はどのようなゲームを作ったのでしょうか?
ゲームらしいゲームをつくった最初の記憶は、中学生の時にFM-7という富士通から販売されていたパソコンをつかったアクションゲームだと思います。FM-7については当時もうすでに旧型になっており、学校の隅で使われていないのを発掘して触っていました。BASICで作成し、記録媒体はテープレコーダーでした。


☆Forceに入社したのは、同人でスカウトアウトされたのでしょうか?
当時運営していたWebサイトからのつながりで、ゲーム会社に入りたい旨を知り合った方に相談したところ、ちょうどForceもシナリオライターを募集しており、公開していたゲームがよいサンプルとなり入社に至った、という感じだったと思います。


☆Force消滅した後からずっとフリー状態ですか?
フリーと言いますか、サラリーマンをして過ごしていました。ゲーム制作中は収入が不定期でしたので、安定した生活が第一に必要だったという部分があります。


☆インディーズゲームを手掛け始めたきっかけは、なんですか?
もともと一人でゲームを作る事のほうが圧倒的に多いので、特別「さあ始めるぞ!」という感じでもなく、いつものように作って出すときに「インディーズ」という言葉をつかっている感じです。日本風に「同人」でも別によいのですが、なんとなくです(笑)。


☆普通の商業ゲームに比べて、インディーズゲームの優位性はどこにあるのでしょうか?
一般的に考えると、作品に関わる人物が少ないがゆえの「小回りの良さ」ではないかなと思います。僕の場合は、「自分の好き勝手に作れる」事がインディーズゲームの魅力ですね。もちろんその分、自己責任的な部分もあるのですが。


☆インディーズゲーム制作者にとって、一番重要なのは、やはりスタイルですか?
そこまで言い切れれば格好良いと思うのですが、僕はまだ模索中です。


☆深沢さんは市場をあんまり考えないタイプですか?
いやあ、どうでしょうか。周りからはよく言われてしまいますが(笑)。


☆ゲーム開発をしている十数年の間に、文字AVGの限界を感じたことはありますか?
限界を感じることは全くありません。まだ表現し切れていないことはたくさんあります。


☆この間に作ったパズルゲームなど、ちょっと紹介していただけませんか?
モノガタ情報技術 ( http://monogata.jp/ ) ですね。iPhone向けのシンプルなアクションゲームです。今年(2013年)にはandroid向けにも出していきたいと考えています。


☆文字AVGを世界に広めるには、言語の壁を越えなければいけないですね。そのために今IOSに文字AVGを作る気はなかったのですか?
個人的にアドベンチャーゲームのシステムは今も制作しているため、今後何らかの形でお届けすることはあると思います。最近はUnityで簡易的なアドベンチャーゲームシステムの試作もおこないました。


☆近年日本の文字AVGはだんだん量産になって、大きな進化が見えませんでした。中国の方ははじまったばかりで、大部分の作品は同人規模に留まっているのです。今文字AVGを作り始めたい中国の人に対して、何かアドバイスがありませんか?
どんどん作りましょう!特にアドベンチャーゲームは、その「文字で物語を伝える」という性質が故に、チームで制作を進めつつ個人の理念や信念をもたないといけないという、ある種、商業芸術家ともいえる要素を要求される仕事でもあります。シナリオを書いているときは、自分の心の中の暗い井戸の底に降りていき、そこに置かれた大きな鏡と向き合うようなものです。そうやってやっと自分が生み出したものも、なんらかの商業的な理由で諦めざるをならない場面が出てくるとかもしれません。けれど、すべての物事に無駄はなく、またあなたが信念をもって制作した成果物は、かならず「どこかの誰か」に届きます。いくつかの幸運な出来事が続けば、それが評価され日の目を見ることも出てくるでしょう。僕は以前「忘れものと落とし物」というゲームをWebで公開しました。当時は数えるほどのアクセス数でしたが、やがてそれが「2nd LOVE」になり、「セカンドノベル」となりました。ですからこれは、自分の経験を元に確信を持って言える事実なのです。


☆AVGとパズルを除いて、ほかに挑戦したいジャンルはありますか?
上の方で少し触れましたが、今Unityという3Dに強いゲームエンジンに触っているので、なんらかの3Dに関連したゲームは挑戦、といいますか出せると思います。


☆もしいつか深沢先生が大規模な作品を手がけるようになったら、まだ今のような作風を貫くつもりですか?
そうですね。おそらく自分の制作するモノについては、良きにつけ悪しきにつけ作風が滲み出てしまうのではないかなと思います。


☆最近はどのゲームにハマったのでしょうか?
XBOX360を所有していたので多くプレイしていたと思います。残念ながら360は最近日本ではすっかり元気がなくなってしまいましたが。


☆ゲーム以外に、普段の趣味はなんですか?
読書はよくします。最近日本ではKindleが発売されたため、これを使って読書することがかなり多くなりました。また、趣味と言っていいのかはわかりませんが、アイデアを考えるときは散歩することが多いため、ウォーキングは相当していると思います。自分にとっては欠かすことのできない時間ですね。


☆ほぼ幻の名作のような作品なので、昔の作品を何かの形で再販する気はなかったのでしょうか?
昔の作品、特にForce作品については要望をいただく事が多いのですが、Forceでの僕の立場はたんなる制作者の一人、会社員でしたので、作品全体に対するパブリシティの権利を所有しているわけではありません。そのため、ブランド自体がなくなってしまった今となっては、どなたが権利を所有しているのか僕もわからない状態です。


☆近頃の動きと目標について、教えていただけませんか?
近年では“テクスト。”の方で、デッドエンド( http://www.textweb.jp/deadend/ ) のスクリプトの作成なども行っていました。“テクスト。”の活動は一段落ついた状態ですので、またゆっくりと自分のゲームを出していければいいかなと思います。昨年度始めたモノガタ情報技術もその一つですね。そのうちまたなにか、アドベンチャーゲームを出すことが出てくると思います。


☆最後に中国のファンにメッセージをお願いします。
振り返ってみればセカンドノベルという作品ができあがるまで、制作期間的なもので数えるとTrue Color,から10年程度の期間が掛かってしまいました。そのため、セカンドノベルは自分でもある種の「ちょっと普通ではないほどの思い」が含まれている作品になりました。たくさんの出来事がありましたし、人に出会い、また別れも経験しました。そしてこの様な形でインタビューのお話もいただきました。多魔さん、ありがとうございました。海を越えて制作にしたゲームに興味を持っていただき、またプレイしていただけるというのはとてもうれしいことです。本当にありがとうございます。ゲーム、特にコンシューマー機のゲームというのは一人でつくることができません。ですので、これは自分一人への評価ではなく、作品に関わったスタッフ全員への評価だと認識しています。自分にとってのアドベンチャーゲームは、とても大切な、追いかけ続けるジャンルでもあります。いずれまた、アドベンチャーゲームを出すと思いますので、そのときはまたよろしくしていただけましたら幸いです。